 今日の講師はメキシコのメキシコシティから日本語の習得を目的にYAMASAで勉強中のEmilioさん、民族衣装を着ていただきました。
厳島神社とか二条城、信長、秀吉、家康という名前が普通に出てくるかなりの日本通。
”Mexico”という名前はナウアトル語で”月のへそ(中心地)”belly button of the moonという意味だそうです。 |
 メキシコの面積は日本の5倍。人口はほぼ同じ1.2億人。
国土は砂漠、山脈、高地、森、湖沼、海岸、熱帯雨林と多彩で気候もバラエティに富んでいる。 |
 1325年のアステカの首都「テノチティトラン(現メキシコシティ)」の創設を示しています。
「湖の中央の岩に生えるサボテンに蛇をくわえた鷲がとまっている」図はアステカ神話にあった「そこに首都を創設せよ」という予言。 |
 メキシコ国章:左記のアステカ神話を図案化したもの。 |
 メキシコの国旗
緑は国民の希望、白はカトリックや宗教的な純粋さ、赤は国に殉じた愛国者の血を表し、中央に国章が配置されている。 |
 メソアメリカ(Mesoamerica)は、メキシコ&中央アメリカ北西部の地域において、共通的な特徴をもった農耕民文化ないし様々な高度文明(マヤ、テオティワカン、アステカなど)が繁栄した文化領域。 |
 メキシコの最初の文明、THE OLMECAS (オルメカス)遺跡。左にいる人が見えますか?巨大な石頭ですね。1400 BC to 400 BC。
Located beside the gulf of Mexico |
 TEOTIHUACAN(テオティワカン)遺跡。From 200 BC to 700 AD.
手前が高さ70mの太陽のピラミッド、後方が43mの月のピラミッド。
Central Mexico, close to
Mexico City
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 The Maya Civilization(マヤ文明)
Chichen itza (チチェン・イッツァ)遺跡。From 400 BC to 1500 AD.
統一王朝は無くて戦国時代の日本のように各地に領主がいたそうです。 |
 The Maya Civilization
Palenque(パレンケ)
Emilioさんお奨めの場所、森の中にあって幻想的な場所だそうです。
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 Tulum(トゥルム)マヤ文明末期に栄えた城塞都市。
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 The Mexicas(メシカス)遺跡
アステカの首都テノチティトランは西岸近くの小島に築かれていた。From 1200 AD to 1521 ADのスペインの征服まで。
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 スペインの植民地時代1521 - 1821
その頃に建築されたローマ様式、またスペインを征服していたアラブ様式の建築も残っている。 |
 聖母マリア、メキシコでは Guadalupe(グアダルペ)という。肌の色は現地の人にあわせてある。
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 スペインの植民地時代の教会
メトロポリタン・カテドラル。
ベルの形をした頂上部の下に鐘がある。 |
 スペインの植民地時代
東洋との交易。中国、日本とも。 |
 メキシコ原産のヘアレス犬種。ショロイツクインツレ。
一方で植民地時代には牛、鶏が持ち込まれミルク、卵が紹介された。 |
 メキシコ料理は和食と同様に世界文化遺産に登録されている。
多種の乾燥唐辛子がある。 |
 美味しいタコス。
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 手前の緑地は古代遺跡、左後方にはスペイン風の建物、そして右後方は近代的なビルディング。三者が同居しているのがメキシコ。 |
 どうして日本に興味を持ったのか?という質問に、メキシコ同様古いモノと新しいモノが混在していることに類似性を感じ興味を持って来た。 |
 日本におけるメキシコ料理はいかがですか?という質問にテキーラ以外はまがい物と。 |
 マヤ文明は文字をもっていた。標記は数字であるが点は1、棒は5、湯たんぽのような印は0。文字はヒエログラフのような象形文字が用いられていた。 |
 植民地時代に建てられたカテドラル、Santo Domingo Oaxaca(ワハカ)は石に代えて木造に塗装されている。
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 コロナ感染防止対策として大きな部屋を用意し、講師にはフェースシールド着用のみならずアクリルボードを介して講義していただきました。
Muchas gracias, Emilio-san. |